この話は、すぷらった★らびっと(仮)アヲノ様の一周年企画でリクエストさせていただいた「坊バレ」話です。
リクエストして書いていただいた段階(2010年9月1日)の本誌ネタを含んでおりますのでご理解の上お読みください。









あの、深い闇を。光などあり得ない闇の底を。
忘れてはならない。





jewel









目の前の女は罵った。

「人殺し!」

それを、ただ嘲笑った。
そして、引き金を引いた。


銃声が響く。
ただ、響く。





「―――はいカットぉー。オッケーい!お疲れさぁーん」
監督が間延びしながら告げて、シーンは撮り終わる。セットから降りるカインには共演者はもう誰も近寄らない。挨拶さえしない。
にこやかに笑い、カインを労うのは監督ただ一人のみだ。

「―――俺はね、生涯君が誰かを告げる気はない」

肩を叩き荒々しくねぎらい抱き寄せて、タイアップ企業からの差し入れのスポーツドリンクを渡しながら言う。
「だから、君の才能を遺憾なく発揮してくれて構わない。いや、むしろ俺だけがそれを心底望んでいる」
密やかに、けれど確かに、彼は告げる。
「カイン=ヒール、罪の名を持つ君がその名を轟かせるのはバイブルではなくこの映画だ」










「お疲れ」
「お疲れさまです」
「眠れたか?」
「おかげさまで」
合流した社と短い会話を交わし、敦賀蓮の仕事場に急ぐ。
結局、キョーコとの兄妹ごっこは一晩で終わりを告げた。
社が、あれやこれやを並べて(詳しい話は聞いていない)キョーコに言い諭してくれたらしい。
何故かを聞いたらただ一言、自分は敦賀蓮のマネージャーだから、と答えた。
その答えに何も追求することはなく、ただその厚意に甘えた。










「―――敦賀、君」
人気のない場所でかけられた声に、振り向いた先。
「君、は」
思いがけない再会に、笑んだ。



自販で買った缶コーヒーを手渡して、通路の片隅に陣取る。
「奢り」
「アリガトウ…」
番宣のために移動してきたTBMだったが、一人になりたくてさ迷った先にいつか会った彼を見つけた。顔も名前も知らないけれど、誰も知らない事情の欠片を知る彼は、一緒にいても何ら支障はなく、久しぶりだったこともあって、少し時間を欲した。
「し、仕事はジュンチョーかいっ?」
なぜか少しどもって近況を聞く彼に、俺は敦賀蓮のタガを少し緩める。息抜きだ、と。
「ありがたいことにね。――ああ、この間少しヤバかったけど、まあ、なんとかなった」
「ヤバ、い…?」
「好きな子と、1日だけ、兄妹ごっこをやった」
笑いながら―笑う理由は突き詰めてない――言葉を続ける。
「1日だけ一緒に暮らして。俺もあの子も結構好きに動いたんだけど、笑えるのが、いきなりバスルームを開けられてさ。俺がシャワー浴びてる最中に」
カチンコチンに固まった彼女を思い出す。
「あれは驚いたよ。いまはもう笑うしかないって分かってるから笑うけどね」
本当に驚いた。でも、あの子は一切動じなかった。
そうした事実に激しくすごくとても凹んだけれど、一抹の安堵を覚えたりもした。
「俺は、あの子にとって男じゃないし、ヒトですらないんだ」
それは決して自分が望んだことではないけれど。
そうして、自分の言った台詞に、ふと鶏君を見やる。
「敦賀さん…?」
わずかに置いた間に、不安そうな声で彼は自分を伺う。それにあわせて、つと視線を合わせた。
「…そういえば、俺にとって君もそうだね。名前も年も知らない。友人と呼ぶには相応しくないかな?」
「そんなことないよ!!」
「そうかい?君がそう言ってくれるなら嬉しいな」
俺の疑問に、全力で否定する姿にますます好感を覚えて柔らかく笑む。
その一生懸命さが、あの子を彷彿とさせる。
「蓮?」
遠く呼び掛ける社の声を聞いて、鶏君との偶然がもたらしたわずかな会瀬を惜しむ。
もう少し、一緒にいたかった。
「すみません、直ぐに。―――それじゃ、元気で」
「うん、君も。食事をしっかり摂るように」
彼の言葉に、思わず顔が緩む。敦賀蓮からしたらヤバい程度に顔が緩んでいるのは自覚したが、まぁ、鶏君相手だからいいだろう。彼は、結構、知ってるし。
「あの子みたいだね、まるで」
もう、何日会ってないかな。雪花を切り離した以上、重なる現場はダークムーンだけで、それさえももう未緒の出番は皆無だ。
「会いたくなるよ。会わないのに」
でも、たとえ会えたとしても。きっと、もう、こんな風に踏み込ませたりは決してできない。
「れーん」
「じゃ、また」
社の催促に腰をあげて、またねと手を降った。





「―――あ、いた。キョーコちゃん」
「坊ですよ」
私を探していたらしいスタッフが、声をかけてきて、ようやく振り向く。
「ごめんごめん、次の収録始まっちゃうよ」
「今いきます」
そう言ってスタッフの後について行っても、心は敦賀さんが去った先を追っていた。

もやもやする。

あの、怨キョを死滅させる微笑を豪奢に振り撒いてまでして敦賀さんは笑った、のに。

――さよなら、と。

言われた気がした。














「また、会ったね」

あれからしばらくたった日のきまぐれの収録後、スタジオを出てすぐにかけられた声に振り替えると、そこに彼はいた。
「敦賀君」
「君、ここのスタジオなんだね」
「ま、まぁね」
何か言いたげにスタジオを見つめてため息をつくと、敦賀さんは唐突にいとまを告げる。
「それじゃ」
「もう、行くのかい?相変わらず忙しいんだね」
「あまり不用意に歩いてると捕まってしまうから」
それは、女優や女性タレントに、ということだろう。現に、視界の端では浮き足立つ気配が感じられる。
「―――…そっか」
「うん、じゃ」
うなずいて踵を返す敦賀さんに、またもやもやを感じて首をかしげた私は、思わぬ衝撃を食らう。

「ぼーう!おっ疲れー!!」
「あっ、わっ!?」
「あーっ!」
「リーダーっ!」

やたらハイテンションな光さんに肩を叩かれ、敦賀さんを心のうちで追っていた私は不意を突かれた形になり、たたらを踏み。

「「「「……………」」」」


ぼてん、と。
ころころ、と。



被り物はどこかの寓話のごとく外れて転がり。ついでにバランスを崩した私もこけて。
去っていく敦賀さんの足元に届く。

「――…敦賀、さん」
「………うん」

長い沈黙を置いてコロコロと転がった頭部を拾うと、視線で溜め息をついて敦賀さんは戻ってくる。
「気を付けなよ」
そう告げて、坊の中身である私には一切触れずにその頭に被り物をぽすりと被せると、振り返ることなく立ち去った。

「――――――――」

その背中は、よく、知ってる。

「キョ、キョーコちゃん…ご、ごめんね?」
「リーダーがアホですまんな、平気か?」

―――二度あることは、三度あるっていうじゃない。
バカキョーコ。

「………っふ、」
光たちの声は、遠く聞こえた。
それよりも、中途半端に被らされた被り物の下で、キョーコは小さなあのキョーコと向き合ってしまった。
一方的な離別に身勝手に傷つき泣く自分。
優しい人を、優しいままでいさせない自分。
「キョーコちゃん…」
こんなにも、この人に心を預けていた自分。
ショックが、キョーコを襲う。
立ち上がることは、出来なかった。

「やっぱりどっかケガしたん?」
「とにかく控え室に」

身動きとれない自分に、ブリッジの三人は気を使ってくる。
だから、立たなきゃダメだ。
せめて、偉大な俳優である彼に顔向けできる自分でいなきゃ、ダメだ。

「キョーコちゃん」

ダメなのに。

「―――あ」

自分を呼ぶ光さんの声が途切れたかと思ったら、ボスリと頭を被り直され体がふわりと浮いた。

「控え室はどこ?」
「あちらです!」

たった今別れたはずの人の声に、ビシッと声を正した光さんが追従する。
「ちるがさ」
「うん」
「おろし」
「あとでね」
反論を許さない優しい声音で、そのまま私を連れていく。







控えというか着ぐるみの保管庫でもある大道具倉庫の片隅のカーテンに仕切られた先に着くと、キョーコを下ろして同じように蓮も座り込む。
「頭、取ってもいいかな」
ふるふると首を降る。
「そう、じゃあ、このまま少しだけ話そうか」
「―――…ごめんなさい」
「うん」
「……嫌いに、なりますか?」
「どうかな。―――君は、君だけが、俺の真実を知ってるから」
「真実?」
ハテナを浮かべた私に、敦賀さんが微笑する。
「―――知りたくないなら、気付かなくていいよ。どのみち俺が選べる未来はひとつだから」
そう言って、敦賀さんが立ち上がり。
「俺は、最上さんを責めないよ。許してほしいなら許すよ。俺にとって彼は友人だから、失うのは惜しいと思うよ」
ふわりと、坊の頭を撫でて。


「―――俺、行くね」


告げて、部屋を出た。









「―――キョーコちゃん、入ってもいいかな」
蓮が出てきた後の倉庫に入り、キョーコに声をかける。
「敦賀さん、なんて?」
着替え終わった姿で呆けるキョーコは、声が届いてないみたいで。
「キョーコちゃん」
幾度か呼び、ようやく振り向いたキョーコの、涙を湛えたまま座り込む姿に、光は、目を伏せた。
「…まだ、いるかもしれないよ」
「光さん?」
「探してきたら。居なかったら、戻ってきなよ。待ってるから」
瞬きをすればきっとこぼれ落ちるだろうな、泣くのは嫌だな、なんて思いながら。
「泣いてうずくまるのなんて、らしくないよ」
俺は、キョーコちゃんの笑う顔が、可愛くて好きだから。



「追いかけて、抱き締めたら、解るよ」





本当は、俺が、そうしたいんだけど。











「―――…光」
「待つよ、俺は」
キョーコを送り出した扉から、二人が顔を出す。
「つきおうたるわ」
「ん」
差し出されたブラックコーヒーを一息に煽る。




戻ってきてキョーコちゃんが泣くのと、戻ってこないで笑ってくれるのは、どっちが納得できるんだろう。


そんなことを考えて。

考えた。


*** dc:description="秘技、日付変更線スライディング!←もうくたばればいいよこの人(笑)。ちょっと賞味期限があるネタな関係で一番乗りです。本誌の続きになりますのでネタバレすみません。おかしい、もっと余裕があったハズ…。いろいろ整ってなくて申し訳ありません…。そんなわけで一周年企画第一弾は春葵さまリクエストの坊バレ話。です。どうぞお楽しみいただければ幸い。以下からお進みくださいまし。*****..."


すぷらった★らびっと(仮)アヲノ様の一周年企画でリクエストさせていただいた「坊バレ」話です。
あちこちで坊バレ話は読みますが、アヲノ様の手にかかるとどう調理されるのだろう?と興味深々でリクエストしたのですが、
BJ編の凍りつくような世界から、いぶし銀・光君の活躍(彼には可哀相だけど)までの切ない世界までの緻密な描写に圧倒されました。
アヲノ様、ありがとうございました。
[2010年9月17日]




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