「お疲れ様です。今、お時間よろしいでしょうか」
「うん、良いけど、どうしたのかな?」
「良かった。では敦賀さん、社さん。紙とペンをお持ちください」
ダークムーン撮影の合間に、キョーコが突然こんなことを言い出した。
準備の良い事に、紙とペンは持参して各自に渡す。
ニコニコと手際良く渡されたものだから拒否も(するわけないが)質問も出来ない男二人。
そして説明が始まる。
「良いですか?これは簡単な連想ゲームです。まず、縦に1から20まで番号を書いてください」
人差し指を立てて、ズイッと体を寄せてくるキョーコ。普段にはない接近に、蓮は知らず顔が綻びかけるが、社の視線を感じて気を引き締める。またどうせ人のことを玩具扱いしようとしているに違いないと一瞥くれて、白い紙に番号を刻む。
「書けたよ」
「では、1番に『窓』と書いてください。2番以降は前の言葉から連想されるものを何でもいいので書いてください。窓、だったら次が空、次が雲という感じです。何も考えず、直感でお願いします」
なんの意図があってのことなのか、詮索もそこそこに目の前の紙に向かうことにした蓮と社。
キョーコはというと、待てをされている子犬のようにワクワクしながら待っている。その様子に蓮はコッソリ微笑むと、餌を与えるべく顔を上げる。
「はい、出来たよ。これが何になるのかな?」
社も書き終え、同じくキョーコの言葉を待っている。
「ちょっと拝見しますね」
二人から紙を受け取ると、それを真剣に見詰め、じっと答えを目で追っているキョーコ。
数秒経って、口を開く。
「・・・・・社さん、犬欲しいんですか?」
「えっ!何で分かるの!?」
これは本人の知らない周知の事実だが、それでもキョーコには伝わっていないはずだ。どうやら、先ほどの連想ゲームの正体がコレらしい。
「んふふー、実はこれ、深層心理で求めているものだったり、欲しい物、又はやりたいことや憧れが分かるんだそうです!もちろん、絶対ではありませんが」
「へぇー面白いね!どこを見ると分かるの?」
「今書いていただいたものの16番か17番以降を見ると分かるんだそうです。これでいくと社さんは『ポメラニアン、柴犬カット、散歩、公園』となっているので、おおよそ『犬が欲しい』のかなーって」
「うん、合ってる。俺んちネコ派でさー、一度でいいから犬と戯れたいなぁって・・・っと、それよりも、蓮のはどうなってるの?」
担当俳優を横目で見る犬好きマネージャー。
若干気まずそうなのは気のせいだろうか。
「えっと敦賀さんのは・・・『休日、睡眠、食事、最上さん』・・・?」
「そうだね・・・」
「っっれ、蓮・・・お前・・・」
これを聞いて必死に笑いをこらえる社だったが、隣からの冷気に気付きすぐさま顔を平常時に戻す。だが『深層心理』ででもキョーコが出てくる、つまり「君が欲しい」と本人に間接的に言っているようなこの状況を、笑うなという方が難しい。そう思うと、またしても整えた顔がふよっと崩れてしまう。仕方ないだろうと目で言い訳をする社だが、肝心のキョーコの反応はどうだろう。
「敦賀さん・・・私、嬉しいです」
思いがけない言葉が出た。
「「えっ!?」」
まさかそんな反応が返ってくるとは思っていなかった蓮と社は、二人してキョーコに向き直る。
「だって、食事のことを少しでも考えてくれてるなんて!」
「そっち!?」
「なんですかそっちって社さん。これは敦賀さんの中の大革命ですよ!口を酸っぱくして言い続けた甲斐がありました」
「それは確かにお世話になりっぱなしだけど・・・」
気にして欲しい所はそこではない。他も気になるワードではあるが、一般の女の子なら自分の名前を出されただけで浮足立つんじゃないだろうか。そんな甘い思考にならないのは流石にラブミー部。社は、どうにかキョーコに「もしかして敦賀さん私のことを・・・?」と思わせる発端くらいにはならないかと考えを巡らせるが、その経緯が全く想像出来ないのがこの娘。手強い、と改めてキョーコを見ると、不思議そうな顔をしていた。
「でも、最後のコレは私・・・でしょうか?」
水を得た魚を体現したかのような輝きの表情で、社は蓮をつつく。
「れ〜〜〜ん〜〜〜?ここは観念した方がいいんじゃないか?」
ニマニマ顔の社にキュラッとした笑顔を送って凍らせてから、蓮はキョーコへ穏やかに話しだす。
「そう・・・最上さん、これは君のことだよ。俺の中で『食事』と言ったら最上さんが連想されるくらい怒られてきたからね」
「それは敦賀さんが食に対して関心がなさすぎるからです!」
「あはは、ごめんごめん。でもね、多分それだけじゃないんだ」
「・・・?」
一度言葉を切って、蕩けそうな笑顔をキョーコに向ける。後ろでこの笑顔を偶然目撃した女性スタッフが倒れた気がするが気にしない。
「『憧れ』かな。最上さんみたいに真っ直ぐに他人を思いやれる所が、俺には羨ましいんだよ」
「そ、それなら敦賀さんだって!」
神々オーラに若干焼かれながらも、キョ―コは持ち直し踏ん張る。ここでキュンともならない女性はキョーコだけだろうと、傍観していた社は頭を悩ます。
「いや、俺は結構限定されてるよ?」
「あー、キョーコちゃんと知り合った最初の頃、お前態度キツかったもんな」
「た、確かにそうかも・・・」
思い出したくもない黒歴史に身震いするキョーコ。昔の蓮のイジメっぷりをブツブツ言いだした所で、スタッフが蓮を呼びに来た。
「さぁ、俺はそろそろ撮影に戻らないと。最上さんはもう上がり?」
「はい。あの、スイマセンお手間を取らせてしまって・・・ありがとうございました」
「いや、良い気分転換になったよ。こちらこそありがとう。それじゃあね」
「はい!お先に失礼します!」
キョーコはペコリ、と綺麗にお辞儀をして蓮を見送ってその場を後にした。
「あ、モー子さぁぁん!」
キョーコはスタジオから出てすぐに、偶然だろうか愛しの黒髪美女を発見する。
脇目も振らずに突進する様はまるで恋する乙女のようだと誰もが思う。その重すぎる愛の突撃を奏江は溜息一つで冷やかに受け流し、そういえばと口を開く。
「アンタ、この間のアレ、やってもらったの?」
「うっ・・・やってもらいはしたんだけど・・・」
この間のアレ、とは、つい先ほど蓮と社にさせた連想ゲームのことだった。
「折角モー子さんから教えてもらったのに、中々上手くいかなくて・・・」
「はあ?誕生日プレゼントの参考にするって言ってたのに、ダメだったの?」
いつもテキパキと行動する奏江だが、一度足を止めてキョーコに話を聞く態勢になった所を見ると、今日の仕事はこちらも終わりのようだ。
「それが・・・社さんは分かりやすかったんだけど、敦賀さんのが・・・」
オズオズと体を小さくして萎んでいく声に、多少面倒だとは思いながらも続きを促す。
「何よ、アンタじゃプレゼント出来ないような高価なものばっかりだったの?」
もしそうだとしたら、敦賀蓮の評価を考える必要があるわね、と奏江は一人思う。ガラにもないと自覚はあるが、自称親友であるキョーコを少しでも悲しませるようなら対策を講じなければ。
しかし、奏江の意に反して出てきた答えは確かに用意し難いものばかりだった。
「モノじゃないんだもん。『休日』なんて私の力で作ってあげられるものじゃないし」
「・・・難しいわね」
「次は『睡眠』なんだけど、これも超多忙な敦賀さんには慢性的に足りないのは分かってるけど・・・」
「アンタがどうこう出来るもんじゃないわね」
「次が『食事』なの。これが一番実現可能っぽいんだけど、折ある毎に作らせて頂いてるから特別ってわけじゃないし」
「それ全国の敦賀蓮ファンが聞いたら殺されるわよ。まぁ良いわ、あと一つは何?」
「・・・『私』なんだって」
「なんですって!?」
食事と聞いた時も、「度々作ってるなんてそれって結構深い仲なんじゃ」と突っ込みたいのを我慢したのに、これには流石に声を上げた奏江。恐らく酷い形相になっている奏江には気付かず、キョーコは蓮の言葉を思い出しながら項垂れる。
「私みたいに他人を思いやれる所が憧れなんだって言って頂いたの。本当かなぁ。うーん・・・この連想ゲームって、欲しいモノだけじゃなく憧れとか、抽象的なものも含まれるから参考にするのは無理なのかなー」
「敦賀さんも大変ね・・・。もういっそアンタ、リボン巻いて『私をどうぞv』ってやってごらんなさいよ」
「モー子さん・・・それは私にストレス解消のサンドバックになれって言ってるの?」
「アンタの思考回路が恐ろしいわ。もうご飯作るくらいで良いんじゃないの?ちょっと豪華なの用意したら」
「そうかなー。やっぱり健やかな睡眠のための低反発枕にでもしようかしら」
「なんで枕・・・」
その後もキョーコは延々悩み続け、立ち寄ったカフェにて奏江に「パフェって青春っぽいわよね☆」と無理矢理食べさせて怒られるハメになる。
「こーの嘘つきめ!」
「いきなり酷い言われようですね」
撮影を終え楽屋に戻った蓮に、開口一番社がプリプリと怒っていた。衣装を脱ぎながら、この会話は予想出来ていたのか表情を変えずに返す蓮。
「そりゃそうだろ。キョーコちゃんに向かって「憧れ」で済ますなんて。この際ハッキリ言えば良かったんだ」
「なんて?」
「『君が欲しい』って!」
「それで彼女に伝わると思いますか?」
一瞬、訪れる沈黙。もし、この言葉を想い人に伝えたとして、あの恋愛回路がショートしているキョーコがどう捉えるか。よしんば「あ、また演技の練習ですか?」となりそうだ。
「伝わ・・・らないだろうなぁー。でも曲解して『私をどうぞv』なんてリボンつけてやってきたらどうする?」
「・・・・・・・・・・」
「ごめん、ないない!冗談だから、想像とか期待とかするなよ!?俺が悪いみたいになるから!」
「分かってますよ・・・」
期待から落胆への振り幅により落ち込んだ蓮を、浮上させる術のない社は必死に言い募り危機を回避する。何より自分が怖い。話題を変えるべく、極力明るく思っていたことを口にする。
「そういえば、キョーコちゃん自身はしなかったのかな、あの連想ゲーム。欲しいものとか分かったらプレゼントの参考になるのになー?」
帰り支度をしていた蓮の手がピクリと止まる。
頭の中で目まぐるしく算段を整えているであろう担当俳優を見やり、道は長いなぁと覚悟をしてキョーコのスケジュールを確認する社だった。